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☆LDっ子Rのブログですが、Rの話が尽きましたので、「他愛ないひとり言日記」化しています^^; 更新も不定期ですが、気軽に遊びにいらしてくださいマセ☆

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個性の乱用

障害って言葉は私は嫌いなのですが、あえてこの「障害者」を考えてみたいと思います。

まず、障害者と聞いて思い浮かべるのはやはりどこか身体が不自由な人(身体障害者)
知能が遅れている人(知的障害者)染色体異常のダウン症などを浮かべるかと思います。
(・・・他にもたくさんあると思いますが)

で、発達障害の人たちの立ち位置はドコなのでしょうか?

平成17年に発達障害者支援法が施工されましたが、それ以前からも、もちろんこのような
障害はあったわけです。やっとここにきて国が認めるようになり法律も施工されました。
でも昔はありませんでした。だからこそ、親達が自主的に立ち上がり草の根的な活動をして
親の会として現在に至っています。

発達障害者支援法が認識度を上げてくれました。
(ただ、この発達障害者支援法があることで障害者を
狭めてしまい問題があるのも事実ですが、これは割愛しますね) 
現場の先生たちも今はしっかりと勉強されています。昔は先生すらLDって何?
の状態でした。なので、それはもう、その頃の親は皆大変だったと思います。

認識が低いと言うことは、知らない=知識がないと言うこと。
多動でじっとして聞くことが苦手な子供は、それこそ躾がなっていないと思われ、
勉強が解らない子供は、怠けている、勉強量が足りないからだとなってしまう。

見た目で判断出来ない発達障害の子供たちは、今でもそうですが障害的な立ち位置は
ボーダーなのです。これは法律が出来たからといっても変わりはないのです。
何も障害者だと認めて欲しいのではありませんよ。けれど言葉の上で個性として捉えるのも
ただの自己満足にしか過ぎないと思っています。

考えてもみてください。
個性だからと言って軽度のアスペルガーの人たちを、社会は、皆さんは、本当に認めていますか?

職場にちょっとした困った人たちが居たとして、その人たちを大きな気持ちで見守れているの
でしょうか?私などは、子供がそうですので理解はありますが、一般の人たちからすれば、
現実は厳しいのではと思います。

そもそも何もかにも個性だから!と囚われすぎてるような気がしないでもありません。
突拍子な意見かもしれませんが、私は個性などはどうでもいいと思っています。
わざわざ、主張しなくても誰にも個性はあります。
個性を尊重(主張)するあまり逆に浮いてしまっているように思えてなりません。

社会は、それぞれの個性=人で成り立っていますが、個性<社会であって
個性>社会になってしまったら本末転倒なのでは!?
履き違えてしまって個性のオンパレードになってるような。

中途半端な位置づけ(ボーダー)だとしてもそこからやっていかないといけないし、
ハンディがあろうがなかろうが、日常の生活が待っています。
私は気休めではなく、本当にハンディがある人たちと一緒に歩いていける、そんな
社会を切に願っています。

| 私が思うこと | 18時11分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑














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