☆LDっ子Rのブログですが、Rの話が尽きましたので、「他愛ないひとり言日記」化しています^^; 更新も不定期ですが、気軽に遊びにいらしてくださいマセ☆

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絵の中にお姉ちゃんがいない!

ここ数年の間に発達障害の知名度が上がりましたよね。
昨日も書きましたがこの違いはすごく大きい。
”なんか、おかしいんよねー”
と思いながらもそれが判らずまま過ぎていく・・かなりのストレス。
それが、ぱーっと晴れた時の爽快感はホント、言葉には出来ないくらいものです。

それからとゆうもの、本を読んだりまた、ネットで親の会があると教えてもらって
ネットの世界にも入りました。考えてみたらネット歴もそれ以来だから長いですねー
その割りに上達しないのはナゼ?

で、Rはと言いますと、相変わらず自分のペースで動いています。
性格も個性が強く周りからも浮いてしまう存在になっていました。

その辺りからでしょうか。。
上のお姉ちゃんの態度がRに対してきつくなっていきました。
多分、上の子はRの事でからかわれていたのだと思います。

Rは相手をしてほしいのでちょっかいを出しますが、その度にマジ切れで上の子は
怒っていました。今にして思えば私の対応も悪かった。
どうしてもRに手がかかってしまうのでつい、手のかからないお姉ちゃんには、
小さい頃から我慢をさせてしまっていました。

ある時、こういう事がありました。
初めてアセスメントを受けに行った時の事です。

臨床心理士の人と別室に入りなんやかんやとテストをしたようです。
終わった後に、その心理士さんから何枚かの絵を渡されました。
自由に書かせたそうですが、書かれていた絵の中に上の子がいません。
そうなんです。見事なほど、全部の絵の中にいないのです。
明るい色を使っていましたし、親の私たちも登場していますが、
まるで一人っ子の家庭になっていました(笑)
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| 小学校低学年時代 | 21時17分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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おかしいと気づき始める

Rは相変わらず、勉強にはついていけない状態が続いていました。

宿題を私と一緒に毎日2時間ほどかかってやるのですが、
その翌日には見事に昨日のことは忘れていました。成績も伸びるわけがありません。

懇談時には先生に

”もっと勉強させてください”  やら
”普段の授業時もぼーっと聞いているから集中力をつけさせてください” とか

散々言われましたが、幼稚園時代のRのあの様子が解っているだけに、
言われるのも、もっともやなと思い、更にスパルタ母さんになっていくのでした

最初はRも一生懸命についていこうと勉強していたのですが、
その内勉強嫌いになってしまって3年生になった頃には登校拒否を起こすようになりました。

すっかり 二次障害 に陥ってしまったのです。

今にして思えば、成るようにして成ったと思うのですが、
とにかく私の対応のマズさが原因でした。私も毎日2時間つきっきりで勉強を教えます。
が、翌日にはほとんど覚えていない状態で何度キレかけたことか^^;

男の子だし、理解力も悪い・・程度にしか最初は考えていませんでしたが、
段々とこれはおかしい!と思い始めてきました。

LDにはいくつかの特徴が見られます。
Rもそうでした。

まず、気づいたのは本読み時です。
相変わらず遅い読みなのですが、それよりもよく行を何行か飛ばして読んでしまうのです。
隣の行を見えないように隠すと普通に読めます。
あとは、鏡文字が多くまたマスの中に字も入りきれずバランスの悪い字を書いていました。

おかしいと思いながらも原因が解らず過ぎていってたのですが、ある日新聞を読んでいると
コラム欄に目が釘付けになりました。LDのことを書いてあったのです。
症状がRとまったく同じでした。

その時にやっと点が線に繋がったような、ひとつひとつのパズルが合わさったような、
靄が晴れていく感覚になったのを覚えています。

| 小学校低学年時代 | 17時48分 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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毎日宿題に2時間かかってしまう

今日から6月ですね。
早い。。目まぐるしく感じてしまうのは歳のせい


さてさて、前回広島に転勤になったとゆう話でしたね。

結局、広島には約6年程おりましたか。
その間が親子共々一番大変な時期でしたね。

その頃の私たち親子は、真っ暗なトンネルを、ただ・ただ、明るさを(出口)
探し求めて歩いて行ってたように思います。

入学式も広島で迎えました。

私、知らなかったのですが広島って宿題の量が半端なく多いところでした。

私たちが住んだ町は東広島市、そう!近くに広大があります。
その影響をかなり受けてか、レベルの高さをひしひしと感じたのです。

お姉ちゃんの時で解っていたので、もう少し、ゆるいかなと思っていたのが
甘かったですね。1年の時からプリントが少なくても5~6枚はあったかな・・
漢字に至っては1枚にびっしりと、、200字は書いてました。
どれも中身が濃いのです。今はそれくらい当たり前かもしれませんね。
けれど、昔はさほど、宿題はなかったのです。

上の子の時代は、ゆとり教育が推進された年だったと思います。
何でもそうですが施工年ってオーバーなくらいそれを実践しようとします。
昼休みもめっちゃ長く宿題も自習学習が多かったと記憶しています。
なので、転校した初めの頃は上の子も宿題に追われてひぃひぃ言うてましたっけ。

そんな状態にRがついていけれるはずはありませんよね。
今なら”別にエエわ!勉強がすべてじゃない!”
と思えますがその頃の私は、とにかくついていくようにさせないとの
思いばかりで焦っていたのだと思います。

当時私はパートに出ていたのですが、帰ってから宿題をみることにしました。
だいたい、いつも何とか終わらせるのに2時間はかかっていました。

| 小学校低学年時代 | 15時40分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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広島に行くことに

幼稚園時代はRにとってはまずは手始めの経験をした時期でもあり、エピローグ。
この頃は、まだ本人もよく解っていませんから、ある意味幸せだったかもしれません。

これからです。
親子共々突入していくのは。。

誰もそうだと思うのですが、節目の時期、例えば幼稚園から小学校入学に
移行する時期とか、入試とか、皆期待と不安が入り混じってしまいますよね。
上の子供もそうでしたが、それでもある程度で落ち着いてきます。

そもそも、最初のこの落ち着かない時期自体、本人にはあまり自覚がない
ような感じでした。それはきっと年齢的なこともあるからだと思いますが、
それを差し引いても鈍いのだと思います。

空気が読めないとゆうのはアスペルガーもLDも同じだと思いますね。

この鈍さは私は、必要だと思うんです。

私も含めてですが今の人たちって、結構何に対しても敏感すぎる気がしない
でもありません。ま、だからこそ、ASDの人たちにとってはやりにくい世の中
なんですよね。もっと周りが大らかな人たちが多ければちっちゃなことで目くじ
ら立てる必要もないんですけどね。難しいとこですね。

で、話がそれちゃいましたが、その小学校にあがる時期に夫の転勤で関西から
広島に引越しになってしまったのです。

| 小学校低学年時代 | 14時16分 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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